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桜と三回忌

教科書的曇天のもとで、お袋の三回忌を終えた。

食事会の終わりに、施主である親父からこんな締めの挨拶があった。

「桜を見ると、女房は桜を見ぬまま他界した、という事を思い出す」

そういわれるとそうだった。お袋は3月の中頃から入院し、そのまま退院することなく桜の散り始めくらいに他界した。

恵比寿で仕事を終えては、入院先である埼玉の奥まで電車を乗り継ぎ顔を見せに行っていた。入籍する前の今の家内を連れても行った。お袋にとっては俺が結婚するのかしないのか、が割と心配事だったようで「結婚するよ」と伝えたら「親としての役目は果たした」とホッとしたようにこぼしたのを今も強く思い出せる。

当時は祐天寺住まいだったこともあって、その日の朝に連絡をもらってすぐに向かったものの間に合わず、生憎最期を看取る事は叶わなかった。

息を引き取ってから、霊柩車に乗って家まで連れて帰る役目を言い渡された。

霊柩車は黒のバンだった。助手席に乗り込み行き先を告げると、ドライバーはカーナビを設定した。現代霊柩車にはカーナビが付いている!

ドライバーは恐ろしく丁寧な運転で、スピードは全く一定しており、少しの段差でも十分に減速して車体への振動を抑えていた。わずかに揺れたくらいでも、失礼しました、と頭を下げる。そんな運転技術に感心したところで、助手席で無言でいられるわけもなく、宮型霊柩車のニーズ等についてポツポツと会話をした気がする。

ほどなくすると、不意にドライバーから「この先、まっすぐいかれますか?それとも神社の前を通られますか?」と質問をされた。

神社の前を通るのは明らかに遠回りである。病院と実家の行き来は相応にあったのでこちらにも知見はあるし、設定したカーナビもそのルートは薦めていない。ドライバーの質問意図が汲めず答えあぐねていると、

「少し道は悪いですが、桜がまだ咲いておりました」

お袋が入院してからは、桜が咲いたかどうかなんて気に掛けていなかった気もする。桜を見せてやりたいとも思ったし、少し遠回りしたい気持ちもあったのでそのようにお願いをした。

神社の前の通りに桜が咲いていたのかは覚えていない。きっと咲いていたんだろう。せっかくの機会だったのだから、ちゃんと一緒に見ておけば良かった。

親父と同じように、桜を見ると遠回りした霊柩車での帰宅を思い出すようになりそうだ。